2010年4月4日日曜日

近江の国を訪ねて・・・

は~い!!

今夜もご機嫌キクタロウです!!


一昨日前から

行って来ましたよ。滋賀県大津市♪♪

一泊二日でね!

仕事兼観光でね!

いやいや!違うな!!

観光兼仕事でね・・・


滋賀ってどうなのよ???

何で滋賀??

って思ったでしょ!?







それは仕事兼だからです!


でも!でも!

かなりアリですよ!

さすがです!




この話題

何日か続きますが飽きずに宜しくです。



仕事で惨敗したキクタロウは

速効気持ち切り替え観光モードへ・・・

JR大津駅の観光案内所で(時の頃 14時位かな??)

『すいませ~ん!今晩泊るところ探してまして・・・






OK!!

受付の「ベッピン森田ちゃん」

ナイス活躍!

ありがとねんww

いいホテル予約してくれました・・・




さ~ってと!!

15時チェックインのホテル・・・




何をしよう???

ってなるわけですよ!


『森田ちゃんさぁ?どこを観光すればいいかなぁ??』

「三井寺(みいでら)に行ってみたら??」

『OK!OK! そこ行くよん!」






って

テキト~な感じで来てみたら・・・

かなりおごそか・・・



※ここからは「三井寺」の説明に入らせて頂きますよ。

そもそも「三井寺」とは・・・

園城寺(三井寺)は天台寺門宗の総本山で、
古くから日本四筒大寺の一つに数えられています。
その歴史をひも解くと、天智・弘文・天武天皇の勅願により、
弘文天皇の皇子・大友与多王が、田園城巴を投じて建立され
天武天皇より「園城(おんじょう)」の勅額を賜り、
「長等山園城寺」と称したのにはじまります。
俗に「三井寺」と呼ばれるのは、天智・天武・持統天皇の産湯に
用いられた霊泉があり、「御井(みい)の寺」と呼ばれていたものを
後に智証大師が、当時の厳儀・三部潅頂の法水に用いられたことに由来します。
長い歴史の上で、再三の兵火にあい焼失しましたが、
豊臣家や徳川家の尽力で再興され、
現在も国宝・重要文化財・名園など貴重な寺宝を数多く伝えています。

 



仁王門(重要文化財)
 宝徳四年(1452)の建立。
 浄域への表門として慶長六年(1601)、
 徳川家康により甲賀の常薬寺より移築、
 寄進された。



金堂(本堂・国宝)
 当時の総本堂。本尊は天智天皇が信仰されていた霊像で
 秘仏として静かにまつられている。



左甚五郎の龍
 夜な夜な琵琶湖で暴れまわってた龍。
 五寸釘で目玉を打ち込められ鎮められたとの言い伝え。
 今もこの龍は、静かに閼伽井屋の正面で三井寺を
 見守っています。

んでこの下(画像で言うとメッシュ部分??の中)が産湯なんですよ!


 
そしてこれが有名な

弁慶の引き摺り鐘

でございます!






弁慶の汁鍋
 武蔵坊弁慶をはじめ多くの僧兵が汁を作って飲んだと伝えられる汁鍋。




一切経蔵(重要文化財)
 室町初期の建築で、慶長七年(1602)、戦国大名・毛利輝元により
 山口県・国清寺より移築、寄付された。
 堂内には高麗版一切経を納める回転式の八角輪蔵がある。 


っとまぁ!
まだまだ続けたいんですが

興味のない人には

まったく興味がないらしく・・・





次回は

「大津の夜(打っ飛び編)」

でお楽しみに♪♪♪

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